高木貞治『数学小景』岩波現代文庫(ISBN:4006000812)

  1. 『解析概論』で有名な著者の一般向け数学書。著者は、戦前に世界でも認められる最前線の研究を成し遂げつつも、『解析概論』のような今でも読み継がれる(さすがに現在では「古典」という意味合いが強いのは仕方が無いが)大学教育レベルの良書や、『数学小景』『近世数学史談』など、一般向け教養書なども著し、日本の数学教育の面でも重要な仕事をしている。
  2. 本書を読む前は、「数学の偉い人」が書いた本らしい、ということであんまり食指が伸びなかったのだが、読んでみるとこれが「数学のトピック」をパズル形式で進めながら、だんだん数学的により深い話題へと進んでいくという、マーチン・ガードナー『数学ゲーム』の先駆けとも言えるような内容だった。たぶん、表現を少し改め、若干順番の入れ替えや補足をすることで、十分に現代の数学教育にも使える内容だと思う。
  3. こういう専門的な内容を一般向けに解説する場合は、「見通しのよさ」が「鍵」と言っていい。「具体的な身近な話題がどう専門的な話に結びつくのか」「その区切り区切りが、普通の人でも理解できるくらいのところで収まっているか」「話題の発展の仕方に無理がないか」。そうしたことをちゃんと意識した上で各トピックを配置できるだけの「見通し」のよさがなければ、こうした本をうまく書くことはできない。そして、この本はそれに成功していると見ていい。それともう一つ注目したいのは、この本のオリジナルは昭和19年、つまり戦争の真っ只中に出版された本だということだ。筆者自身、明日をも知れなかったであろう時期に、一般向けに数学の面白さを伝えるための本が書かれていたのである。そして、「これが自分自身にとって重要なもので、他の若い人たちにも同じように重要なものになりうる」という信念で書かれたものは、それなりの熱を持ち、読んだ人には確実に伝わるものなのだ。今は、「自由」という名のものとに、勉強するべきことを学習者の自主性に任せる、という考えをする人がいるようだが、そういう人は自分自身にとって重要なもの、他の人に伝えたいものを持ち得なかった人に違いない。