「現代思想 1982年8月号:特集=現代アメリカの思想」青土社

  1. 古い雑誌だが、個人的に「アメリカ」について考える上で重要な記事が載っているので紹介しておきたい(まあ、ネタ元みたいなものです)。当時まだ日本でもそれほど知られていなかったアメリカの思想家(と言っても、第2次世界大戦中にヨーロッパから亡命してきた者も多数いる)を紹介する特集で、当時30代くらいの気鋭の日本の識者が記事を担当している。例えば、「ピーター・バーガー/上野千鶴子」「トマス・クーン/村上陽一郎」「ジラール今村仁司」「サイード平石貴樹」「ケネス・バーク/宇波彰」「フリードマン佐伯啓思」「アレント/阿部斉」という感じだ。
  2. 日本の紹介者の方もこれ以降有名になる人が多いのだが、その人の名前を見ると、今でもこの「対」が思い浮かぶ。上野千鶴子なんかは「フェミニズム」で有名になるが、「フェミニズム」の仕事も含めて「バーガーの影響を受けた社会学者」という括りで見た方がわかりやすいのではないかと思う。平石貴樹は後に推理小説を書いたりするのだが、このサイードを通しての批評論も面白い。
  3. しかし、この本で当時最も面白く読んだのは「ダグラス・ラミス/粉川哲夫対談」だった。特に政治学者のラミスが、トクヴィルの『アメリカの民主政治』という本を引き合いに出して語る部分は今でも興味深く読める。


彼が見たアメリカ人の特徴が幾つかあって、一つは記憶力がない、つまり過去とのつながりが無い… 過去を勉強しても歴史を学んでも、それはつながりがあるんだから勉強するんじゃなくて、データにすぎないという感じで過去を見てる… ものを見て勉強するのは非常に見事で… でも反省力とか、歴史を大きく考えて、今の歴史の流れの中で我々はどこにいるのかを見る力はあんまりないと、トクヴィルは書くわけだね。

ヨーロッパの思想はどうして発展するかというと、貴族の考え方とブルジョアの考え方と…ペザントリーの考え方は、もう別の世界で、その別の世界の間に議論が生まれるわけなんです。アメリカ合衆国の中には、そういう別の世界はどこにもなくて、自分たちの考えが特殊だとは思わないで、単なる普遍的な考え方だというふうに思ってしまうところがある、とトクヴィルは書くのね。

トクヴィルばかり引用してもしょうがないんですが、彼は非常に短い、面白い章の中で、どうしてアメリカ人は狂信的な宗教を好むか、狂信的な宗教がはやるのか、ということを書いている。非常に狭い常識がアメリカにあって、そして具体的なこと身近なことしか考えてなくて、別の世界の体験がない、思想的にも宗教的にも、そういうことに馴れてないという。非常にコモンセンスばっかりの世界にいて、その境を越えたら限界がわからない… アメリカ人は常識から一歩外へ出たら、パッと行っちゃう。 

トクヴィルアメリカに来て、非常に驚いたことが幾つかあって、一つはアメリカ人が落ちつかないということ… 新しい根をそこに降ろすことをしないでまた引っ越すわけです… 西部へ西部へ… だから自由ということが動くことだという… ひとつの共同体の中でどういうふうに自由をつくるかということじゃなくて、自由というのは、その村から出てどこかに行く、個人的に動く、そういう動きが自由だと考える。

トクヴィルが面白いのは、アメリカは個人主義とは言わない。つまり個人主義はありえないと彼は思っているわけ… 「個人主義」というのはトクヴィルが作った言葉なんですね。アメリカを見て、この人たちがなんか変な思想を持っている。それに対する新しい言葉が必要になって「個人主義」という言葉を定義するわけ。それは個人でやってるんじゃなくて ー 個人でやっていくわけにはいかないんだからね、人間は ー そう思っているということなんです。

彼(※トクヴィル)は独裁者が個人主義を好むと言う。国民が全部バラバラになってしまえば、独裁者にとって適当な社会状態であると、そう言うわけです。… 僕がアメリカの大学生に教える場合、まずトクヴィルを教えたい。どういうふうに抑圧されているかということに気がつかなければ困る。つまり、個人主義が反体制の思想だと思っているわけ、大勢の人は。…そういう間違いが今でもあるわけで、アメリカ的な抑圧のしかたはどういうやり方か。個人主義なんですね。
トクヴィル(1805〜1859)は、フランス革命に関する著作などで、マックス・ウェーバーら後の社会学者たちに大きな影響を与えたフランスの政治学者。フランス政府の命で、「アメリカの刑務所制度」の調査のため、1831年に渡米。トクヴィルアメリカの民主政治』は、1835年に第1巻と第2巻、1840年に第3巻が刊行。邦訳は、講談社学術文庫から上/中/下の3巻で出ている。(ISBN:4061587781ISBN:406158779XISBN:4061587803