加藤典洋『アメリカの影』講談社学術文庫(ISBN:4061591827)

  1. 1985年に刊行された、加藤典洋の第1評論集。江藤淳田中康夫『なんとなく、クリスタル』を誉め、村上龍限りなく透明に近いブルー』を全面否定した事実から始まる「アメリカの影」、'60年代〜'80年代の東京郊外を舞台にした小説を論じた「崩壊と受苦」、太平洋戦争における日本の無条件降伏の意味を、アメリカの政策意図を考えることを通して問い直す「戦後再見」の3つの評論から成る。
  2. この3つの評論には共通した図式が存在する。それは、アメリカ=父、日本=母、戦後日本社会=子、と見る構図だ。「アメリカの影」は子を、「崩壊と受苦」は母を、「戦後再見」は父を主に論じたものと言える。それらの関係を単純に記すと、「我々(子)は、戦後から父の手厚い庇護を受け、高度成長期に母(大地)を傷つけ踏みにじりながら成長し、今では一人前のような顔をしているが、実際には父の影響下を逃れられず、母の傷を癒すこともできず、そしてそのことを認めようとしない」ということになる。
  3. こうした構図は今から見れば陳腐なものに思えるかもしれないが、特筆すべきは、この本から強烈なまでに感じられる「意志」の力である。この本は以下のような文章で終わっている。
    これは戦後の批判ではない。僕は“戦後”に“再見”というが、しかしもういちど戦後を再見し、それを受けとる
    「批判」ではなく、「受けとる」という、その部分に込められたものが、個人的にはこの本のすべてだった。そこには、過去のすべてを引き受けた上で、次の世代へと引き継ぐべきものを引き継ごうという「意志」を感じることができると思う。その後の加藤典洋の道行きは、若干迷走して見えないこともない(特に近年、語る言葉をアレントフーコーのようなヨーロッパ思想から持ち込もうとしている点に個人的には疑問を感じる)が、ここに現れる「今」を引き受けようという意志には、はっきりと感銘を受けたものだ。